♫ ソーダ水のなかを、貨物船が通る ♬
古いナンバーですから、このワンフレーズだけで題名が浮かぶ方は、少ないかも知れません。
1974年の荒井由実の名曲「海を見ていた午後」です。
(ご存じない方は一度聴いてからコラムを読んでもらうと、よりわかりやすいでしょう)
学生時代に、この歌詞の魅力を熱く語る後輩がいました。
「短い一節だけど、展開されている風景がふわっとひろがるでしょ?言葉のチョイスが秀逸だと思うんですよ。説明的な描写や、ありがちな比喩に頼らずに。こんな詞が書けたらなぁ」
私は、楽曲の世界観もさることながら、鋭い目の付けどころに驚かされ、感心するばかりでした。
「言葉の伝達力には無限の可能性がある」と、彼はきっと気づいていたんでしょうね。
いまでは自身が、文章の構成や表現を練る仕事に就いたこともあって、とりわけ印象に残っています。
彩りゆたかに伝える言葉のつづり方
報告書や回覧板のように、正確な情報や記録の伝達をねらって言葉をならべるだけなら、淡々と味気ない文章が続いても、まったく問題ありません。
でも、さまざまな言葉の力を知ったり、うまく使えるようになったら、もっとリアルに、いきいきとした心象を伝えられるかも知れません。
「俳句」をテーマに考えてみましょう。
ー 静けさや岩に染み入る蝉のこえ
五月雨をあつめて早し最上川
夏草や兵どもが夢の跡
古池や蛙飛びこむ水の音
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
教科書に定番で掲載される芭蕉や子規の名句です。みなさんも一度はふれたことがあるでしょう。
ひとつずつ味わいながら目を閉じると、作者が居合わせた風景がひろがります。
キャンバスにむかって絵が描けるくらい、鮮明ではありませんか。
季語や文字数といった制約があり、構成の自由度は低いので、擬音や色あいなどのありふれた言いまわしは用いず、みんなにイメージが伝わるように、凝縮された表現をひねる。
実に奥深いですね。
「川柳」の場合はどうでしょう。
ー 役人の子はにぎにぎをよくおぼえ
国民の安心のせる火の車
口よりもマウスがものを言う時代
効率化提案したら仕事増え
ジム通いクルマで行ってマシン漕ぐ
最初の作品は江戸中期、田沼意次が活躍した頃。その他は、最近の世相が題材になっています。
風刺の視点は時空を超えるんですね。一緒にならべても、時代のギャップを感じません。
これらは多くの読み手に「クスッ、ニヤッ、その通り!」といった同様の反応を起こさせます。
心のなかを生々しく表す記述はありませんが、相手にストンと感情が伝わる。
一定の構成ルールを守りながらもどのように言葉を選べば良いか、計算が尽くされた結果でしょう。
読み手の思考や感情に訴えかける
では書き手と読み手のダイナミックなやりとりが成立するために、必要なものは何なのか。
まずは対象とする風景や物事に向けられた、作者の深い洞察力があります。
ユーミンは市井にまぎれて男女の会話に聞き耳をたて、たくさんのラブソングを組み立てたと発言しています。芭蕉も言語化する前提として自然世界の光や香り、音や風など五感を尽くして味わい、記憶にとどめたはずです。川柳もリアルな庶民感覚をつかんでいるからこそ、心に刺さるのです。
さらに、読み手の頭の中を刺激するように言葉を選び、つづることも大切。
「海を見ていた午後」では仮に題名を知らずに聴いていても、曲が進行するにつれ「レストランの窓辺から、海を眺めて思い出をたどる女の子」が自然に浮かんできます。芭蕉の句は「岩に染み入る」や「五月雨をあつめて」の一節がひっかかり、「おやっ、それはどういう様子なのかな」と、考えさせられ、そこから読み手は作者が見た風景を再現しようと頭を働かせるのです。
技巧的な要素もありますが、一流の語彙力がないからとあきらめないでください。
大事なのは、いつも相手がどのように受け取るかを意識して言葉を紡ぐことなのです。
採用サイトにも活かせる言葉のチカラ
メッセージを伝えるために言葉選びにこだわるのは、文化・芸術の分野だけではありません。
私たちが日々携わるWEBコンテンツ制作においても、実は外せないポイントなのです。
たとえば採用サイトのコンテンツもそのひとつで、ライターにとっては腕の見せどころ。
インタビュースタイルの先輩紹介やクロストークで職場の雰囲気を伝える記事は、就活生にとっては興味の尽きないキラーコンテンツといわれます。
「疑似体験」「追体験」できるところが、文芸の世界に通じると私は考えています。
次の4つの表現をくらべてみましょう。
① 近頃は、お客様から信頼していただけるようになりました。
② 最近は、君から買ってるんだと言われるようになったんです。
③ 初めての顧客訪問のときは、とても緊張しました。
④ はじめて訪問するビルの前で、カバンを持つ手に汗を感じました。
みなさんは、どんな印象を持ちましたか。
①と②、③と④は、伝えたいテーマとしては同じです。でも、伝わる情報の豊かさはまったく違います。②や④の描き方ならば日々どんな姿で仕事にのぞんでいるのか、人柄や息づかいまで想像できませんか。就活生が共感し「うん、うん、わかる」と、感情移入しながら読み進んでしまいそうです。
ちょっとした表現の違いでも、インタビューのなかでこうしたフレーズが所々に盛り込まれると、親近感や臨場感はぐっとアップします。
しだいに「この先輩のもとで働いてみたいな」といったイメージをもってくれるかもしれませんね。
読み手がそんな気持ちになりそうなインタビュー記事を、参考にあげておきます。
深みのあるコンテンツに仕上げるには
そんな調子よく進むパターンばかりじゃないと、ムッとする方もいそうなので付け加えます。
たしかに「そのままで記事映えする」ような素敵なコメントに出合ったり、凡庸な言いまわしをリライトするのはとても難しいことです。
でも、成功のコツはすでに書きました。芭蕉やユーミンの洞察力を思い出してください。
語彙力を自在に操る天才でさえも、観察や取材に全身全霊をこめているのです。
対象の強みは何かを見極め、どんな階層にどのようにPRするのか。ゴールを明確に。
ブレないコンセプトで進める取材の場では、奥深いコンテンツに仕上げるキーワードが必ず出てくる。
当社のモットーのひとつは、「心を動かすコンテンツ」。
取材時に着るハッピの背中には「熱取材」の文字。
私たちが目指す姿として、毎日のように語りあう内容を題材に今回はまとめてみました。
「取材のコンセプトはどんなふうに組み立てたらいいの?」
「心を動かすように言葉をつづるって?」
興味を持たれたみなさんは、ぜひ当社にご相談ください。
お待ちしております。