刑事ドラマで、年老いた刑事が若い同僚(たいていの場合、年老いた刑事はヒラなので、若い刑事は部下ではなく同僚だ)に、「捜査が行き詰まったときは現場に戻るんだ」と教えるシーンがよくある。この山さん(私が勝手にあだ名を付けた、年老いた刑事のこと)の言葉は、我々クリエイティブ業界にいる者にとっても、示唆にとんだものだ。
若い刑事は、山さんからことあるごとに「現場百回」を繰り返し刷り込まれる。
そして、彼は現場で事件の謎を解く決定的な証拠を見つけたり、犯人しか知り得ない事実を発見し手柄を上げ、あらためて山さんの言う「現場百回」の重要性を身をもって知ることになる。
「現場百回」の重要性、WEB業界で認識されているか
WEB制作は、結局バーチャルな世界で商品やサービスを紹介したり、売ったり買ったりする場を作るのが仕事であり、リアルの世界での経験がないと困るわけではない。ネットのなかで、ユーザーたちがどのように考え行動するのかを知る方が重要なこともある。
しかしWEBサイトを作るうえで大切なのは、商品やサービスを使う人がそれらを買おうとするとき、比較するときどう感じているかを知ることだ。Googleがあれば、実際に経験しなくても思いつくキーワードを並べて検索すれば、体験談や使用感などを参考にして、それらしい答えは出せる。しかしそれで、本当にお客さまの気持ちがつかめるのだろうか。
私は、ウェブの企画を立案する前には許される限り、現場を訪れることにしている。マンションであればモデルルームや建設現場、お菓子であればしっかり他社との違いが分かるまで食べ続ける。そして現場で、そこにいる人たちの話を聞く。そこで商品やサービスを買おうとしている人たちの視線や行動を観察する。食品売り場で主婦たちが商品を手に取る姿を観察し続けていたために、不審者と間違われ、警備員に声をかけられたことさえある。
それでもしつこく観察していると、ある程度年齢がいった主婦は表示を気にせずにカゴに入れていくが、小さな子供がいる主婦はしっかりと成分表をチェックしていることに気付く。これはネットで調べても、簡単にはヒットしないリサーチ結果だ。若い主婦がターゲットになっているなら、成分表はしっかりと明記すべきだ。
このバナー、クリックしてもらえる?
WEBデザインを教える専門学校で、毎年学生たちが作った作品を評価する機会をいただいている。若い学生たちは何を考え、どういった思考でものづくりをしているのかを知るためにも、貴重な場なので、毎年専門学校からの依頼を受けることにしている。
ある年、学生たちが課題となっていた「USV車」のバナーを見せてくれた。それなりにはできている。でも、何かが足りない気がする。
「クルマ、好き?」
相手は19歳か20歳の女子学生だ。意地悪な質問だなと思いながらも、聞いてみた。
「免許持ってないです」
「クルマ好きな人って、どんなのが格好いいって思うんだろ?」
「・・・」
「クルマ屋さんに行ってみた?」
「・・・」
「じゃぁ、先生とかクラスメートとか、クルマが好きな人に聞いてみた?こんなの作ったんだけど、格好いいって?」
「いえ・・・」
わけの分からないことを言うオヤジだなと思われたと思う。とくに現場を経験したことのない若い学生たちからすれば、「クルマのバナーなんだから、格好良く見えればいいじゃない」と。でもそれは違う。「クルマが好きな人にとって、格好良く見える」ことが必要なのだ。
SUV車のターゲットはおおよそ男性だ。
「こう、金属がさ、テカッと光ってるのって格好良くない?」
「もう少しクルマ、斜めにできないかな」
「ちょっと下側から見たように工夫してね」
女子学生たちは、ポカンとしたままだ。
現場に足を運ぶと、予期せぬ出会いも
前職で市販電池の海外販売を担当していたときのこと。展示会で訪れたハノイの電気屋街で、携帯電話用の交換用電池の市場調査をしていると、自分の店の軒先で不審者がショーケースをごそごそいじっているのを見た店主が声をかけてきた。
「何やってるんだ?」
初めてのベトナムで、事情など知らずに歩き回っていたので、「やばかったかな」と感じ、名刺を差し出し正直に用件を彼に話した。
「日本から電池の市場調査に来てるんだ。驚かしてゴメンね」
「そうだったのか。ま、中に入れ」
店主は、狭い店のなかで、見ず知らずの私にお茶をごちそうしてくれ、ハノイの家電市場について教えてくれた。「現場百回」を実践しなければ、この経験も得られなかったはずだ。
現場が、すべてを教えてくれる
バナーをクリックしてもらうためには、そのクルマを格好良く見せるためには、それを買うかもしれない人の感覚が必要だ。もちろん制作の依頼が来るたびに、その人になれるわけはない。だから「事件」が起こっている現場に足を運び、その空気を感じ、その感覚を感じ取ることがWEB制作者には必須なのだ。
「現場百回」。weblioによると、
警察による事件の捜査などに際して使われる表現で、事件現場にこそ解決への糸口が隠されているのであり、100回訪ねてでも慎重に調査すべきであるということ。警察関連でない場合にも使われることはある。
警察関連でない場合にも使われる・・・。
WEB制作の現場でも、「現場百回」は貴重な経験を生み、課題解決の糸口になるものだ。